4歳と山で暮らした話16 半年戻して、フィリピン

時間を半年戻して

2月

マイナス10度の山の家から東京を経て、30度のフィリピンに着いた。

熱帯気候の植物相ってば、日本(東京)で見て記憶しているものたちより遥かに大きく力が強そうでクラクラする。

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離婚して山の家に行くことを決めたあと、一番近所にある自動車教習所に自転車こぎながら免許を取りに行っていた夏。

ふと「おっちゃんのところ行ってみようかな」と思った。 おっちゃんは父の兄で、かれこれ20年近く海外にいて、小さなコテージとダイビングショップをやっている。

 

これから寒い寒い山の家に引っ越して暮らすのだから、一番寒い2月ごろにめちゃくちゃあったかいところに行く計画を立てるのはどうだろう?先に楽しみを用意したら、もしかしたら大変なことが起きたとしても、耐えられるかもしれないと思った。

おっちゃんとは法事で5~10年ぐらいに一度会うぐらいで、子供にさほど興味がないタイプの大人で、さすがに姪なのでまあ嫌われてるとも思わないが、別段好かれているとも思っていない。
そしておっちゃんの弟であるところの私の父とおっちゃんも仲良くないので、おっちゃんがいる場所に家族では一度も遊びに行ったことはなかった。

でも私はなぜか、行かなくちゃと思った。
「こーんなに頑張ったんだもん、ご褒美を用意しといてもいいよね!叔父であるおっちゃんに甘えさせてもらうのもいいよね」と思って。行かなくちゃっていうかめっちゃ行きたい、て感じか。

 

子と2人で行くのもいいなと思ったけど、さすがに海外に慣れてないのもあり不安が大きく、Mちゃん一緒に行ってくれるかな~?とMちゃんにダメもとで聞いたらば、Mちゃんは二つ返事で「行く」と言った。

 

Mちゃんはフットワークが重いのか軽いのか不思議なバランスの私の友人で、気が向いたことはサッとやるが気が向かないことはじっと動かない。ずーっとおうちの中にいるのかと思えば、急に山にいたりする。まるでカタツムリみたいだと思う。のんびりゆるゆる動いてるかと思えば、少し見ていないと思いもよらぬところにいたりする。外からの攻撃には殻にこもってやり過ごすところもなんだか似ている。

私とは全く違うタイプだけれど、就職してから長いことそれぞれの立場から見えることについて定期的に話をしてきた大好きな人だ。

 

私たちのちょっとした国外逃亡は、東京に戻ってパスポートを作るとこから始まって、このフィリピン航空券をとるだとか、おっちゃんと連絡して現地の情報を集めてMちゃんに伝えたり、フィリピンで行きたいところを調べるとか…そういうことを経ていた。
たぶんほんとの(ほんとの?)国外逃亡もそうなんだろう。いやそんなことないか。適当なことを言った。

そういう楽しいことを引っ越し準備や離婚の準備、仕事やなんかと並行して進めていくことは本当に忙しかったけど、忙しいのはいいことだった。
その頃の私は常に忙しくすることで、自分のことを守っていた時期だったのかもしれないと思う。やることがあるときは考えなくていいから。暇は怖い。

 

その時の自分を今抱きしめてよしよししてあげたい、ありがとう、がんばってくれて、って。

2月の寒い日

すごく安いチケットだから成田空港の近くのホテルに前泊した。前泊しても安くって。渋谷の新南口から成田エクスプレスで行った。新南口の下にあるベローチェでコーヒーを飲んで、大きいトランクを持ちながらもうすぐ5歳になる娘と一緒に成田空港駅に行った。成田エクスプレスの中で、大きなトランクを荷物置きのところに置くことができなくて、助けてくれるパートナーもいなかったからもたもたしていた。でも後ろにいた人が助けてくれた。ありがとうございます、と言った。別に全部自分でできなくても何とかなるんだ、と思った。

 

成田空港駅から前泊予定のホテルまでバスで行って、やっと部屋について湯船にお湯をはったり、ロビー横のコンビニにいくうちに、緊張がほぐれるかと思ったら別で、あ~わたしと子どもだけで海外に行くのだ、という新たな緊張感が出てきた。

 

いや、Mちゃんもいるし、滞在先はおっちゃんのところだし、大丈夫だ。でもまあ緊張してた方がいいんだろうな、ということで緊張してることは良しとした。

 

コンビニでビールとお菓子を買って、子が寝た後にビールをあけて飲んだ。
テレビはなんだかよくわからなくて、すごくたくさんの人が笑ってるのに私には何が面白いのかわからなくて寂しかった。窓はすごく結露していて、暗い中に遠くのホテルの明かりやオレンジの街灯がにじんでちいさく光っていた。窓に手を近づけるとひやっとした冷気が出てきていて、しみがついた重いカーテンをしずかに閉じた。

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次の朝のんびり起きて朝ごはんを食べにレストランに行くと、私たち以外全員中国人の方々だった。とても賑やかで、ここはどこなんだろうな、と不思議な気持ちになった。
広東語か北京語か違うのか、とにかく抑揚の美しい中国の言葉を聞きながら、納豆や味付けのりを食べた。

空港でMちゃんと合流し、飛行機に乗った。6時間弱で着いたフィリピンは暑くて少し臭くて、ほこりっぽかった。

つづく。